「俺、結構家事やってるよ。」
「私ばっかり家のこと考えてる気がする。」
夫婦でこんな会話になったことはありませんか?
実は、この二人の言葉は、どちらも間違っていないのかもしれません。
なぜなら、多くの家庭では「見えている家事」しか比較していないからです。
洗濯をする。
料理を作る。
掃除機をかける。
こうした家事は、誰がやったのか分かります。
でも、その裏側には、誰にも見えない仕事がたくさんあります。
私はプロジェクトマネジャーとして仕事をしています。
プロジェクトマネジメントでは、実際に作業をする人だけではありません。
- 準備する人
- 確認する人
- 問題が起きないように考える人
こうした役割も、とても重要だと考えます。
家庭も、実は同じなのです。
家事は「やること」より「考えること」の方が多い
例えば、保育園へ子どもを送り出す朝。
朝やっていることだけを見ると、次のような作業に見えるかもしれません。
- 着替えさせる
- 朝ごはんを食べさせる
- 保育園へ送る
でも、その裏では前日から多くのことを考えています。
- 明日はプールの日だったかな?
- タオルは乾いている?
- 着替えは足りている?
- オムツは補充した?
- 連絡帳を書いた?
- 明日は雨だからレインコートが必要かな?
そして朝になると、さらに確認が続きます。
- 水筒のお茶は入れた?
- ハンカチは持った?
- 今日の薬は入れた?
- 保育園からのお知らせに返事を書いた?
これらは「家事」として数えられることはほとんどありません。
でも、誰かがやらなければ家庭は回りません。
「買い物」はスーパーへ行くことではない
例えば、「牛乳買ってきたよ。」
もちろん助かります。
でも、その前には次のような仕事があります。
- 牛乳が少なくなっていることに気付く
- 今週の献立を考える
- ヨーグルトもなくなりそうだと思い出す
- 洗剤も残り少なかったことを思い出す
- 仕事帰りに寄れるスーパーを考える
買い物から帰った後にも仕事は続きます。
- 冷蔵庫へしまう
- 古い食材から使えるように並べる
- 次に必要なものを考える
つまり「買い物」という家事の裏側には、気付く・覚える・考える・計画する・整理するという仕事があります。
子どもの成長も、誰かが管理している
家庭では、次のようなことも誰かが管理しています。
- 靴が小さくなってきた
- 子ども服を買い替えなきゃ
- 来月は予防接種だった
- 保育園の提出書類の期限が近い
- オムツはそろそろサイズアップかな
これらは「今日やる家事」ではありません。
でも、家庭が止まらないようにするためには欠かせない仕事です。
「気付く人」が、見えないコストを払っている
家庭では、「気付いた人がやればいい。」という言葉をよく聞きます。
でも、このルールには落とし穴があります。
それは、「気付く人」が固定化してしまうことです。
- トイレットペーパーがなくなりそう
- 子どもの靴が小さくなった
- 保育園の提出期限が近い
- 牛乳を買わないと
こうしたことに気付き続ける人は、常に頭の中で家庭を管理しています。
だから、「家事をやった時間」だけでは負担は測れません。
家事の本当のコストは「時間」だけではない
プロジェクトマネジメントでは、コストはお金だけではありません。
時間や人の労力はもちろん、考え続けることもコストとして考えます。
家庭も同じです。
料理を30分した人と、30分かけて献立を考え、冷蔵庫を確認し、買い物を計画した人。
どちらも家庭には必要な仕事です。
でも、後者は目に見えません。
だから、「俺も30分やったよ。」と「私ばっかり負担が大きい。」が同時に成立してしまうのです。
どちらかが間違っているのではありません。
見えているコストしか比較していないからです。
見えないコストが見えるだけで、家庭は少し変わる
家事分担というと、「何をやるか」に目が向きがちです。
でも、本当に大切なのは、「誰が考え続けているか」なのかもしれません。
作業だけではなく、
- 準備すること
- 確認すること
- 思い出すこと
- 気付くこと
これらも立派な家事です。
その存在を知るだけでも、「ありがとう。」と言える場面はきっと増えるはずです。
あなたの家庭では、どうですか?
あなたの家庭では、誰が「見えないコスト」を負担しているでしょうか。
そして、その負担は、お互いに見えていますか。
家事は、目に見える作業だけではありません。
家庭が毎日当たり前に回るように、誰かが考え、準備し、確認し続けています。
もしかすると、家事を分担することよりも先に、「見えないコスト」をお互いに知ること。
それが、家庭をもっとラクにする第一歩なのかもしれません。
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